今回は前記事の続きで、4番目の円珠院(大黒天)からです。
なお、神社の由来は、深川七福神のHP(こちら)から転載させていただきました。
深川七福神ガイドマップ(再掲)
概ね、上から下へとめぐりました(画像クリックでPDFが表示されます)
円珠院(大黒天)
円珠院は、享保のころ旗本永見甲斐守の娘、お寄の方が起立しました。その後、お寄の方は円珠院殿妙献日寄大姉の法名で、享保15年末(1730年)にこの寺に葬られました。享保5年(1720年)11月13日に画かれた大黒天の掛軸があり、木造の大黒天が安置、境内に石造の破顔大黒天が安置されています。江戸時代から、深川の大黒天として有名でした。
祭壇の両脇に木造の大黒天像が2体
屋外に安置された破顔大黒天の石像
大きな瀬戸鉢に浮かべられた菊
心行寺(福禄寿)
心行寺は、元和2年(1616年)京橋八丁堀寺町に創立された浄土宗の寺で、開山は観智国師の高弟である屋道上人、開基は岩国城主吉川監物の室、養源院殿であり、寛永10年(1633年)現在地深川寺町に移った由緒ある名刹。
福禄寿は本堂左手前の六角堂に安置されているが、この日は扉が閉じられていた
代わりに、六角堂左手前の石像を撮影
体内に、書院移築の際に土中から発見された戦災前の福禄寿土偶が収められている
手水鉢に浮かべられた花や実
冬木弁天堂(弁財天)
冬木弁天堂は、木場の材木豪商、冬木弥平次が宝永2年(1705年)、茅場町(中央区)から、深川に屋敷を移転した際、邸内の大きな池のほとりに、竹生島から移した弁財天を安置した。そのため、今でもこの町を冬木町という。この弁財天は、等身大の裸形弁天だったが、大正12年の関東大震災で焼失した。現在の弁天堂は、昭和28年に再建されたもの。
弁天堂
本堂の祭壇
富岡八幡宮(恵比寿伸)
富岡八幡宮は、寛永4年(1627年)、当時永代島と呼ばれていた小島に創建された。周辺の砂州一帯を埋め立て、社地と居住地を開き、今日の八幡宮境内・深川公園地・富岡町・門前仲町を含む、総じて60,508坪の社有地を得た。
以来、隅田川両岸一帯(深川及び現中央区新川・箱崎地区)の氏子を始め、広く世の崇敬を集めている江戸最大の八幡さまで、「深川の八幡様」として親しまれている。
恵比寿神は、八幡宮本殿の左手奥にある3つ社の中央に祀られています
しかし、ここも7日までのようで、扉は施錠されており、中は見えず
富岡八幡宮のご本殿
網が設置されて、祭壇は見えず
本殿の右手にあった「横綱力士碑」など(別の場所に大関力士碑もある)
最後に、ご本殿を背に、参加者の記念写真を撮って、15時30分、解散となりました
ここまでで、出発から丁度2時間です。参加者は16名でした (私は後列左端)
(七福神巡り終了)
次回は、「サンシャインシティ世界のらん展2026」(1/8~1/12)で見た花を投稿します。
この記事へのコメント
なおさん
富岡八幡は有名ですよね。でもまだ行ったことはないのです。
このあたりをぶらぶら散策するのも面白そうですね。
river
恵比須だけが唯一日本由来の神で大黒天はインドのヒンドゥー教のシヴァ神の化身マハーカーラ神、毘沙門天はインドのヒンドゥー教のクベーラ神、弁財天はヒンドゥー教の女神であるサラスヴァティー神、福禄寿と寿老人は中国の道教の神様、布袋尊は唐の末期に実在したといわれる仏教の禅僧ですね。
国際色豊かな神様たちはまさに日本だから信仰される神様でインド人もびっくりだとか・・。万物に神が宿るという多神教の日本ならではだと思います。参拝を終えてまずはおめでたいです。
イッシー
それほどの長い距離の歩きと言う訳でもなさそうですね。
青梅のは歩くと4時間ほどかかるそうです。
今日は夕方、だるま市に行きました。
長さん
この七福神巡りは1月7日で終わりにする寺があるようで、御開帳や境内の飾りにも差が出ました。
富岡八幡宮は深川以外にも広く知られており、境内もかなりの広さでしたよ。
このあたりをぶらつくと、下町情緒が味わえそうです。
長さん
七福神巡りは文化・文政期から盛んに行われるようになったそうで、現在、東京都内には31ものコースがあるようです。それだけ多くのコースがあるということは、七福神の由来など知らなくても、庶民の正月の娯楽に近い扱いだったのではないでしょうか。
今回の記事に、七福神それぞれの由来を書こうと思ったのですが、長くなるので止めました。
長さん
健常な人なら2時間程度の所要時間はさほど気にならない長さだと思います。
青梅の七福神は歩くと4時間ほどかかりますか。松戸の七福神はバスや電車を利用しても5~6時間もかかるそうですよ。
nobara
前回から観させて戴きました。
娘が清澄白河に昨年の4月から住まってますので。
今日もNHKの総合、夕方、清澄の様子をやってましたので
興味深く、見たのです。
いかにも東京の下町満載の場所ですよね(*^-゚)⌒☆
前記事の錣山の力士など
一番下の孫など抱っこされて(^o^)丿
末は相撲部屋の女将さんかなと笑っています。
つい先日もお餅搗きもやってくださったそうですよ!
お仕舞は富岡八幡宮にも?
お相撲に縁のあるお宮さんですよね~
どの場所でも花手水が綺麗ですね~
みんなで揃ってかなり歩かれましたね。
長さんの、その会が、いつまでも続けられるといいですね。
すっかり楽しませていただきましたm(_ _)m
長さん
娘さんが清澄白河に転居されたのですか。それじゃ、深川七福神は徒歩圏内ですね。
お孫さんと七福神巡りも良いかも。まだ小さいなら、バギーかなんかでね。
錣山部屋、初場所が近いので、稽古が見られるかなと思ったのですが、何の音もしませんでした。
富岡八幡宮は意外に大きかったです。横綱力士碑はしっかり見てきましたよ。
7日で閉めてしまうところもあったりで、全ての七福神は見ることが出来ませんでした。
労組OB・OG
eko
富岡八幡宮の名前は聞いていますが、朱色の大きな社殿が立派ですね。
yoppy702
新年やからかなぁ…
豪華やし和みますね。(^^)
六角堂左手前の福禄寿の体内にも福禄寿がいらっしゃるんですね。
この石像は新しそうやけど、拝むと、二体に拝んだ事になりますね。(^^ゞ
弁天様は綺麗ですね。
これは陶器ですか?
富岡八幡宮は、その名はボクでも知ってる超有名な八幡様ですね。
大きなお社が三つ…摂社か末社ですよね。
オオッ!御本殿の立派な事!
さすが素晴らしい神社様ですね。
お陰で、深川七福神巡りが出来ました。(^^ゞ
長さん
都内には30以上の七福神めぐりがあるそうで、どこも2時か何程度で回れるようです。
江戸時代の七福神めぐりは元旦から7日までに参っていたそうで、既に扉が閉まっているところもありました。
富岡八幡宮は有名ですが、こんなに敷地が広いとは思いませんでしたよ。
長さん
花のフローティングや鉢植えなんかが飾られているのは七福神巡りの時期だからでしょう。でも、7日を過ぎると扉も閉まっているところがありました。富岡八幡宮は扉を開けていてほしかったなー。
冬木弁天堂の弁財天は木彫に彩色したものと思われます。