集合は都営地下鉄・森下駅に13時半だったのですが、常磐線の緩行が最寄り駅に10分遅れとなり、乗り換えも予定通りには行かず、およそ5分遅れの到着となりました。
一行の姿はすでになく、深川七福神ガイドマップ(下図)を頼りに、最初の深川神明宮に向かいました。
深川七福神ガイドマップ
概ね、上から下へとめぐりました(画像クリックでPDFが表示されます)

幸い、まだ一行は深川神明宮でお参り中だったので、合流することが出来ました。
参加者は私を含め17名。なお、私と、私と同期のO君が最高齢でした。
深川神明宮(寿老人)
深川神明宮は、深川において創立の最も古い神社。大阪摂津の深川八郎右衛門が、この付近に、深川村を開拓し、その鎮守の宮として、慶長元年(1596年)伊勢皇大神宮の御分霊をまつって創建しました。
徳川家康が、この村に来て、村名を尋ねたが、無いので、尋ねられた深川八郎右衛門の姓をとって、深川村と命名せよといわれた由。以来、深川村が発展し、深川地区の各町に冠せられたりし、深川の地名のもとになりました。
神社の由来は、深川七福神のHP(こちら)から転載(以下同様)
深川神明宮の社殿

寿老神社
社殿の右手前にありました(下の写真の左側)。御開帳は1月7日迄
のようで、扉は閉まっていました。写真の右側は和合稲荷神社

手水場の花のフローティング

神明幼稚園のサザンカ

木場が近いせいか、竹材の問屋さんがあった

小名木川にかかる「高橋」を渡りました。閘門は隅田川の増水対策用か?

橋の右手前に江東区登録史跡「二代目中村芝翫(1796-1852)宅跡」があった
深川稲荷神社(布袋尊)
布袋尊のまつられている深川稲荷神社は、寛永7年(1630年)の創立、深川地区では、創立の古い神社です。祭神は、宇賀魂命、西大稲荷ともいいます。この付近の旧町名は、深川西大工町でしたが、昭和7年8月1日、深川清澄町と改称し、その旧名から西大稲荷と称しました。

ここも、御堂の扉は閉じられていましたが・・・

布袋尊の石像が、御堂の右手に置かれていました

以下は、毘沙門天の龍光院に向かう途中で見たものです
白いサザンカ

錣山部屋(しころやまべや)
阿炎(あび、初場所西前頭12枚目)などが所属している

芭蕉ゆかりの寺・臨川寺(りんせんじ)
この地に移り住んだ芭蕉が仏頂禅師と親交を深め、たびたび参禅に訪れたといわれるため、芭蕉ゆかりの寺として有名。堂内には芭蕉の木像が、また境内には芭蕉ゆかりの「墨直しの碑」や「由緒塚の碑」などがある

清澄庭園の前を通過

龍光院(毘沙門天)
龍光院は、浄土宗雲光院の塔頭寺院で、慶長16年(1611年)馬喰町(中央区)
に創立、明暦3年(1657年)の大火に焼失し、岩井町(千代田区)に移転、天和
2年(1682年)の大火で焼失し、同年深川の地に移転した。
龍光院が現在地に移ったとき、鬼門除けとして境内東北角に、三尺ほどの
石造の毘沙門天が安置され、昭和11年には境内の東南角に一間半四面の毘沙
門堂が建立された。昭和20年、戦災のため、堂宇は焼失したが、復興し、
昭和50年、木彫の立派な毘沙門天が安置された。


木彫の毘沙門天像

2026年1月8日撮影。概ね、上から下へとめぐりました(画像クリックでPDFが表示されます)
幸い、まだ一行は深川神明宮でお参り中だったので、合流することが出来ました。
参加者は私を含め17名。なお、私と、私と同期のO君が最高齢でした。
深川神明宮(寿老人)
深川神明宮は、深川において創立の最も古い神社。大阪摂津の深川八郎右衛門が、この付近に、深川村を開拓し、その鎮守の宮として、慶長元年(1596年)伊勢皇大神宮の御分霊をまつって創建しました。
徳川家康が、この村に来て、村名を尋ねたが、無いので、尋ねられた深川八郎右衛門の姓をとって、深川村と命名せよといわれた由。以来、深川村が発展し、深川地区の各町に冠せられたりし、深川の地名のもとになりました。
神社の由来は、深川七福神のHP(こちら)から転載(以下同様)
深川神明宮の社殿
寿老神社
社殿の右手前にありました(下の写真の左側)。御開帳は1月7日迄
のようで、扉は閉まっていました。写真の右側は和合稲荷神社
手水場の花のフローティング
神明幼稚園のサザンカ
木場が近いせいか、竹材の問屋さんがあった
小名木川にかかる「高橋」を渡りました。閘門は隅田川の増水対策用か?
橋の右手前に江東区登録史跡「二代目中村芝翫(1796-1852)宅跡」があった
深川稲荷神社(布袋尊)
布袋尊のまつられている深川稲荷神社は、寛永7年(1630年)の創立、深川地区では、創立の古い神社です。祭神は、宇賀魂命、西大稲荷ともいいます。この付近の旧町名は、深川西大工町でしたが、昭和7年8月1日、深川清澄町と改称し、その旧名から西大稲荷と称しました。
ここも、御堂の扉は閉じられていましたが・・・
布袋尊の石像が、御堂の右手に置かれていました
以下は、毘沙門天の龍光院に向かう途中で見たものです
白いサザンカ
錣山部屋(しころやまべや)
阿炎(あび、初場所西前頭12枚目)などが所属している
芭蕉ゆかりの寺・臨川寺(りんせんじ)
この地に移り住んだ芭蕉が仏頂禅師と親交を深め、たびたび参禅に訪れたといわれるため、芭蕉ゆかりの寺として有名。堂内には芭蕉の木像が、また境内には芭蕉ゆかりの「墨直しの碑」や「由緒塚の碑」などがある
清澄庭園の前を通過
龍光院(毘沙門天)
龍光院は、浄土宗雲光院の塔頭寺院で、慶長16年(1611年)馬喰町(中央区)
に創立、明暦3年(1657年)の大火に焼失し、岩井町(千代田区)に移転、天和
2年(1682年)の大火で焼失し、同年深川の地に移転した。
龍光院が現在地に移ったとき、鬼門除けとして境内東北角に、三尺ほどの
石造の毘沙門天が安置され、昭和11年には境内の東南角に一間半四面の毘沙
門堂が建立された。昭和20年、戦災のため、堂宇は焼失したが、復興し、
昭和50年、木彫の立派な毘沙門天が安置された。
木彫の毘沙門天像
次回は、大黒天の円珠院へ向かいます。
(つづく)
この記事へのコメント
なおさん
信徳
健康的なウオーキング、新年あいさつなど兼ねて良い事ですね。
5分の遅刻、駅伝では追いつくことが出来ませんが良かったです。
長さん
労組OB・OG会では15年程前から新春の行事として実施しています。担当幹事は場所を決めて、下見もしなければならないので大変です。
昔は新年会を兼ねて昼食会の後、繰り出したのですが、それ以降は昼食を済ませて集合になっています。酒好きは終了後にどこかに行ったかも。
もこ
健康であればこその参加ありがたいことです
色々の神様に感謝 今年も無事に過ごせることでしょう。
長さん
コロナ以降は休止していましたが、2023年から再開しました。
今回は、自宅からの往復も含めて、1.5万歩も歩きましたよ。
回る順番は分かっていたので、無事合流できました。
長さん
たまには会員と顔を突き合わせて話す機会も作れるし、良い企画だと思います。すべて歩きなので、結構、歩数が稼げましたよ。
river
七福神めぐりは各地にありますが私が歩いたのは小幡町の七福神だけです。
労組OB・OG会主催の「七福神巡り」というのが良いですね。歩くのは運動になりますし、昔の仲間の消息が確認できるのが何よりです。
eko
電車が遅れても合流できて良かったです。歩いて回れる範囲に七福神が祀られているのも良いですね。労組OB・OG会の方々との親睦も兼ねて楽しく巡れますね。
手水場の花のフローティングが素敵です。紅白のサザンカも花盛ですね。
イッシー
皆さんと合流できてよかったです。
手水場の花が美しい。
長さん
明日の記事が誤って投稿されてしまい、失礼しました。
小幡町の七福神は高崎市小幡町の上州七福神のことですかね。
労組OB・OG会主催の七福神巡りは、これまでに、柴又、山の手、小石川、港、谷中、下谷、千寿(千住)、墨田川の8回、参加したので、これで9カ所目になりました。
松戸市にもあるのですが、場所が離れているので、2時間くらいでは回れないのです
長さん
毎年は参加できないのですが、2010年以降、これで9カ所目になりました。
5分ほど近くしただけですから、すぐに追いつけると思っていました。でも1回目の集合写真には間に合いませんでした。
都内やその近郊の七福神巡りは殆どが2時間程度で回れます。
やはり、花などが飾られていると親しみが持てますね。
長さん
5分遅刻しただけなので、すぐに追いつけましたよ。
今回は私を含めて16名参加したので、狭い境内がにぎわいました。
花なんかが飾ってあると、御賽銭を増やしたくなってしまう(笑)。
yoppy702
深川神明宮の由来を見ましたら、深川の地名は家康が命名したとありました。
やっぱ、深川って、現在に至る迄、由緒あるところなんですね。
大阪人のボクでも、深川と聞くと憧れがありますもん。(^^ゞ
手水場の花のフローティング、豪華ですね。
「竹材の問屋さん」の画像、さすが、深川ですね。
こういうのって、なかなか見れないのでイイですね。(^^)
深川稲荷神社の布袋様、やっぱ、福々しいです。
龍光院の毘沙門天様、勇壮な感じが一杯で御利益がありそうや。
すーちん
七福神めぐり
運動不足解消にも^^
何歩くらいに?^^
長さん
今回の七福神巡りは6年ぶりになりました。
江戸時代の初期、墨田川の東側はまだ開けていなかったので、地名がない土地が多かったのでしょう。
7か所回りましたが、正月7日までの開帳のところもあり、境内の飾りもあったり、無かったり。
深川稲荷もお堂の中に布袋さんがいたのかもしれません。
その点、龍光院の毘沙門天はきらびやかな祭壇の中に置かれていても、良く見えました。
長さん
七福神だけで2時間以上歩きましたから、この日の歩数は15,000以上、いつもの倍近くになりましたよ。