今回の企画展は「松岡コレクションでめぐる旅」と題されたもので、12月23日(月・祝日)まで展示されていたものです(11月19日から一部入れ替え)。
企画展は、「やきもの どこへ行く」と、「絵画の旅 西洋の風景・東洋の風景」に分けて展示してありました。
以前にもご紹介したことですが、三脚を使わない、フラッシュをたかない、デジカメの操作音を切る、などのルールを守れば、撮影は可能です。
今回は、絵画の旅のうち、「西洋の風景」(その1)をご紹介します。昨年と今年に旅をしたクロアチアとイタリアの風景画が心に残りました。
城砦の街 Dubrobnik 安保健二(大正11年~平成6年)
昭和63年(66歳)、第52回新制作展、油彩・カンヴァス、112.0×162.0cm
ユーゴスラビア時代の1979年、世界文化遺産に登録されたトゥブロヴニク旧市街、
本作は街の周囲をめぐる城壁からの眺望です。
描かれたから3年後の1991年、内戦が勃発して翌1992年まで街は攻撃を受けました。
戦後、市民たちの努力により街は以前の姿に復元され、クロアチア共和国となった今日も、
その美しい町並は、「アドリア海の真珠」と称えられています。(美術館の案内板から)
宮殿 米山秀雄(大正12年~平成21年)
昭和61年(63歳)、第50回新制作展、油彩・カンヴァス、130.0×162.0cm
赤茶色の壁面に、白い四連のバルコニーが印象的なこの建物は、15世紀にモロシ-ニ家が
建造し、18世紀半ばにサグレード家の所有となったヴェネツィア名門貴族の宮殿です。
開業医として地域医療に貢献した作者は、本業のかたわら新制作展で活躍する大國章夫に
害画を学び、その才能を開花させました。
イタリアは、作者が気に入って何度も訪れたところ。この館は、制作当時は空き家でしたが、
2007年豪華なホテルに生まれ変わっています。(美術館の案内板から)
ヴェネーチァ海辺 田坂 乾(明治38年~平成9年)
昭和59年(79歳)、第46回一水会展、油彩・カンバス、94.0×119.0cm
左手奥にはサンタ・マリア・デッラ・サルーテ寺院、右手にはサンマルコ広場の時計塔を遠望
する、ヴェネツィアを訪れる旅行者が必ず目にする海辺の眺望が広がっています。
作者の持ち味である、淡い色調の温雅な画風は、油彩でありながら水彩画のような潤いを
感じさせ、穏やかに水の都の情景が描かれています。(美術館の案内板から)
昭和63年(66歳)、第52回新制作展、油彩・カンヴァス、112.0×162.0cm
ユーゴスラビア時代の1979年、世界文化遺産に登録されたトゥブロヴニク旧市街、
本作は街の周囲をめぐる城壁からの眺望です。
描かれたから3年後の1991年、内戦が勃発して翌1992年まで街は攻撃を受けました。
戦後、市民たちの努力により街は以前の姿に復元され、クロアチア共和国となった今日も、
その美しい町並は、「アドリア海の真珠」と称えられています。(美術館の案内板から)
宮殿 米山秀雄(大正12年~平成21年)
昭和61年(63歳)、第50回新制作展、油彩・カンヴァス、130.0×162.0cm
赤茶色の壁面に、白い四連のバルコニーが印象的なこの建物は、15世紀にモロシ-ニ家が
建造し、18世紀半ばにサグレード家の所有となったヴェネツィア名門貴族の宮殿です。
開業医として地域医療に貢献した作者は、本業のかたわら新制作展で活躍する大國章夫に
害画を学び、その才能を開花させました。
イタリアは、作者が気に入って何度も訪れたところ。この館は、制作当時は空き家でしたが、
2007年豪華なホテルに生まれ変わっています。(美術館の案内板から)
ヴェネーチァ海辺 田坂 乾(明治38年~平成9年)
昭和59年(79歳)、第46回一水会展、油彩・カンバス、94.0×119.0cm
左手奥にはサンタ・マリア・デッラ・サルーテ寺院、右手にはサンマルコ広場の時計塔を遠望
する、ヴェネツィアを訪れる旅行者が必ず目にする海辺の眺望が広がっています。
作者の持ち味である、淡い色調の温雅な画風は、油彩でありながら水彩画のような潤いを
感じさせ、穏やかに水の都の情景が描かれています。(美術館の案内板から)
次回は、絵画の旅のうち、引き続き「西洋の風景」(その2)を紹介します。
(つづく)
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