飛騨古川・瀬戸川と白壁土蔵街

2012長野・岐阜の旅(23) 7月29日(3)
 飛騨古川の町は飛騨高山よりは狭いので、徒歩で回ることが出来ます。
飛騨古川の歴史> 戦国時代、豊臣秀吉の命を受けた金森長近が飛騨を統一、二代目の可重は、1589年、ここ古川に飛騨唯一の平城「増島城」を築き、城下町を作りました。それを礎とした町並みが今なお残っています。  (飛騨古川散策ガイドより)

画像 まず、瀬戸川と白壁土蔵街を見ることにしますが、その途中、飛騨の匠文化館の前を通過します。
 写真左は、その正面入口です。軒先の肘木に雲の彫刻が彫られていますが、これは大工の誇りを示すシンボルだとのことです(現在170種類ほど確認されている)。
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 飛騨の匠文化館の正面入口に向かって左手に進むと瀬戸川と白壁土蔵街です。
 瀬戸川は、約400年前、増島城の堀の水を利用して、新田開発のために作られた。瀬戸屋源兵衛が世話人になって作られたので、瀬戸川と名付けられた。
 昔の瀬戸川は、野菜なども洗えるきれいな水だった。高度成長期の頃、著しく汚れたが、現在は鯉が住めるほどになった。

 前置きが長くなりました。それでは、瀬戸川と白壁土蔵街をご一緒に歩いてみましょう。
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 左手は、1月15日に行われる伝統行事「三寺まいり」の寺の一つ、円光寺。
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 左手前は、さくら(土産物屋)、その奥は布紙木(切り絵と古布の店)。
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 次回は、壱之町を歩きます。
 (つづく)

この記事へのコメント

  • なおさん

    白壁の土蔵がずらりと並び、お堀には綺麗な水が流れて鯉が遊ぶさまがいいですね。由緒あるたたずまいのまち歩きは楽しいです。水の流れがあると良いものです。

     川越の蔵造りの町並みはこんなに落ち着いていないですし、道もせまいのであんまりのんびり歩けません。
    2012年08月23日 17:28
  • nobara

    古い街並みがどこか、津和野を思い浮かべます。
    鯉の泳ぐ水路の所為でしょうか・・・
    金沢の街は黒塀でしたっけね。
    石畳も素敵ですね~~
    景観地区は住んでる方たちのご苦労なしでは
    成り立ちませんよね~~~~
    人影も少なそうですね。
    長さんがそういう機会を待ってらした?
    優雅な街歩きでしたね~♪
    2012年08月23日 18:01
  • 長さん

    なおさん、コメントありがとうございます。
    白壁の土蔵、黒い板塀、鯉の住める綺麗な流れ・・・この風景は飛騨他古川の人たちの自慢でしょうね。
    まだ観光客がたくさん訪れない町ですから、ゆっくり見て回ることが出来ました。
    2012年08月23日 18:28
  • 長さん

    nobaraさん、コメントありがとうございます。
    津和野は白い壁でしたが、下がなまこ壁になっていましたね。金沢は白い土蔵もありましたが、黄土色の壁が多かったように記憶しています。
    津和野も、金沢も、そして、古川や高山も住みながらの景観保存ですから、ご苦労は多いと思いますね。
    今回の写真、元々環境客が少なかったですが、それでも、なるべく人が映り込まないようにしました。
    2012年08月23日 18:39
  • hanasaku

    こんばんは
    川が流れている街並みはほっとします。
    大きな鯉にはびっくりです。
    川沿いにお花も飾られているのですね。
    木の箱はライトアップ用なのでしょうか?
    2012年08月23日 19:32
  • eko

    テレビでよく見る白壁の土蔵と瀬戸川と錦鯉ですね。
    この景観が素敵です。三寺参りの様子もよく放映されています。雪の降る寒い夜、和蝋燭が灯された映像を思い出します。やはり、実際に見に行かないといけませんね。
    2012年08月23日 21:41
  • 長さん

    hanasakuさん、コメントありがとうございます。
    古川の景観は高山に似ていますが、この川沿いの風景は古川ならではで、安らぎます。
    川沿いに花が生けてあるのは住民の方々の心遣いですね。夜にはライトアップされるようです。そのライトを木枠で囲ってあるのです。
    2012年08月23日 22:37
  • 長さん

    ekoさん、コメントありがとうございます。
    ここの景観はネットの観光情報では必ず紹介されていますね。それによると、三寺まいりの時は川沿いに柵が設けられ、それにろうそくが点されている写真が出てきますね。
    2012年08月23日 22:40
  • ケン坊

    おはようございます。
    白壁の土蔵と黒の板塀や瀬戸川の鯉...TVでアチコチの似た景色を見ることがありますが、ココの景観は違って見えますね。
    白壁のライトアップ? 幻想的な映像が浮かんできます。素晴らしい場所ですね。
    機会を探したいですが無理かな? 多分、長さんの報告で我慢することになるかも>笑<
    2012年08月24日 05:20
  • 長さん

    ケン坊さん、コメントありがとうございます。
    こんな景観を見たら行ってみたくなりますよね。
    何と言っても商業主義に犯されていないところが良いです。
    夜も歩いてみたら面白いと思いますよ。
    2012年08月24日 07:43
  • 無門

    こんにちは

    飛騨の雰囲気いっぱいですね
    美濃市のうだつの町で
    初めて知った金森長近も
    飛騨地方では超有名人
    郷土の英雄ですね
    2012年08月24日 08:09
  • fujisan

    冬の三寺参りの光景はTVで見ましたがなかなか風情がある。このお祭りの日は地元の女の子も着飾って詣でるとか、良き伴侶を見つけるチャンスでもあると聞いています。夏は鯉の泳ぐ小川が流れ、この界隈、冬は三寺参りで「恋」が流れるのでしょうかね。
    2012年08月24日 08:44
  • 信徳

    綺麗な瀬戸川を泳ぐ錦鯉を見ながら歩道をユックリ歩きたいものです。綺麗な景観は地元の努力が合ってこそのものでしょう。
    2012年08月24日 08:47
  • 長さん

    無門さん、コメントありがとうございます。
    飛騨古川は金森長近とその養子可重の城下町として栄えたそうです。金森か可重はその後飛騨高山藩主になっています。
    金森父子は茶の湯にも秀で、可重は2代将軍・徳川秀忠の茶道指南役を務めたそうですよ。
    2012年08月24日 10:06
  • 長さん

    fujisanさん、コメントありがとうございます。
    ネットやパンフで見ると三寺まいりは中々風情がありますね。明治・大正期、信州の製紙工場に出稼ぎに出た娘たちが年末に帰省し、着飾って三寺まいりをしたそうです。このことから、嫁を見立てる良い機会になり、多くの縁が結ばれたという。まさに、夏は鯉、冬は恋ですね。
    2012年08月24日 10:11
  • 長さん

    信徳さん、コメントありがとうございます。
    瀬戸川と白壁土蔵街は中々情緒があるところでした。人が少ない朝の時間に、じっくり写真を撮ってみたいところです。
    2012年08月24日 10:13
  • あいべん

    随分町並みが綺麗に保たれていますね~。
    修復や回収が行われたのか白壁と水の流れが
    調和していて好いですね~。
    水が綺麗だから緋鯉の色が一段とう美しい
    です。
    ライツUP用の照明にも気配り有りますね。
    2012年08月24日 11:18
  • ポン太

    落ち着いた美しい街並みですね。
    お堀に鯉が泳ぎ、津和野の町を思い出しました。
    とても豊かな感じがしますね。
    2012年08月24日 12:52
  • 長さん

    あいべんさん、コメントありがとうございます。
    町ぐるみで景観維持に努めているのだそうです。町の全世帯が観光協会の会員だと言うからびっくりです。この川の流れの浄化だって大変だったでしょうね。
    2012年08月24日 14:06
  • 長さん

    ポン太さん、コメントありがとうございます。
    美しい町並みでしょう。津和野より水面が近いと思いませんか?そのせいか、鯉が大きく見えました。
    2012年08月24日 14:08
  • shuuter

    見間違えるような 観光の街に変わっていますね。
    以前NHKの朝ドラで和ろうそく屋さん が登場したことがありました。観光の街に変わったこと知らされました。

    又訪ねてみたくなりました。
    2012年08月24日 16:07
  • 長さん

    shuuterさん、コメントありがとうございます。
    shuuterさんがスキーで訪れた頃と比べると、かなり様変わりしていると思います。伝統を維持しながら、観光にも取り組んでいるようです。
    2012年08月24日 17:36

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