日本橋七福神めぐり…番外編② 鯨の石像、魚久本店、谷崎潤一郎、蠣殻銀座跡

 1月10日、日本橋七福神めぐりの後、一人で人形町界隈をぶらついています。
 日本橋小学校の正面にむかって左手(南)に進むと、左手に鯨の頭の石像がありました(日本橋人形町1-6-10)。何故、ここに鯨?
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画像 そのなぞは説明板を読んで解けました。
鯨と海と人形町
 (作 松橋 博、中田浩嗣)
 あやつり人形のバネは今でも鯨ヒゲが使われています。
 特に人形浄瑠璃から伝承された文楽人形の命とも言える精妙な首の動きは、弾力に富んだ鯨ヒゲでなければ出せないそうです。
 ここ人形町一帯は寛永10年(1633)頃から、江戸歌舞伎の「市村座」「中村座」、人形浄瑠璃の糸あやつり人形結城座、手あやつり人形の薩摩座などの小屋が集り、江戸町民の芝居見物が盛んでした。
 そして、それらの人形を作る人形師や雛人形、手遊物などを商う店がたくさん立ち並んでいたところから、昭和8年、正式に人形町という地名になりました。(2002年7月)

 鯨の像の向かい側(西側)は魚久本店です(日本橋人形町1-1-20)。創業は大正3年、京粕漬と日本料理の老舗です。
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画像 魚久の入口脇に「由来の地」という説明板がありました。
 この地は、「江戸時代末期、姫路の殿様酒井氏の屋敷があり、その後、西郷隆盛が明治政府の参議になった頃、居を構えた」と書かれています。


 魚久本店と鯨の石像を見て、東に進むと、谷崎潤一郎生誕の地があります(日本橋人形町1-7-10)。ビルから延びた壁面に、その事実を示す黒いプレートと、中央区教育委員会の説明板がありました。
 潤一郎は明治19(1886)年7月24日、この地にあった祖父経営の谷崎活版所で生まれたそうです(現在は「谷崎」という料理屋が入居しているビル)。
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 谷崎潤一郎生家跡地の前を通過し、人形町通りに出ると、甘酒横丁交差点近くの歩道に蠣殻銀座跡の説明板が建てられています。
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 江戸時代、現在の銀座2丁目あたりに銀貨をつくる銀座があったことは有名です。銀座は188年間続きましたが、寛政の改革(1800年)でいったん廃止されます。しかし、同じ年の11月、この地で再発足したそうです。当時の町名は蠣殻町だったので、以前の銀座と区別するため蠣殻銀座と呼ばれました。蠣殻銀座は明治2年(1869)に造幣局が出来るまでの68年間存続しました。

 (続く)

この記事へのコメント

  • あいべん

    今晩は(^^)
    昔は鯨を骨まで余す事無く日本人は利用させて
    もらっていたんですね。
    その鯨の文化も動物保護の名目で食卓から消え
    鯨に関連する芸事の器具も少し影響が出てるの
    でしょうかね。
    鯨の肉学校給食で嫌と言うほど食べさされたので
    今でも幾ら希少価値のある肉と言えども食べたく
    無いですね。
    2012年01月21日 16:24
  • ぶたねこ

    長さんのガイドで東京見物が出来て
    楽しかったです。一冊の本が出来そうですね。
    はとバスが行かない処の方が下町の趣が有って
    じっくり読んでいると面白いです。
    これだけの記録を残すのも大変な作業ですね。
    貴重な物を有難う御座いました
    2012年01月21日 16:32
  • 長さん

    あいべんさん、コメントありがとうございます。
    鯨の禁漁は地域と種類、捕獲頭数などが指定されているのであって、全部が禁漁ということでもないようです。
    学校給食で出ましたね、鯨のベーコン。しかし、現在のものはずっとおいしいですよ。
    2012年01月21日 16:52
  • 長さん

    ぶたねこさん、コメントありがとうございます。
    東京というか日本橋の一部の紹介でした。写真だけさらりと見る人もいる中で、じっくりお読みいただき、嬉しいです。投稿した甲斐があるというものです。
    2012年01月21日 16:54
  • なおさん 

    鯨の像があるとは面白いですねえ。バネやゼンマイに鯨の髭を使いましたか。人形のからくりに欠かせないものというのも面白いです。今の電気制御の人形とは違う面白さですね。
     明治の頃からのいろいろな歴史も勉強になりますね。
    2012年01月21日 17:41
  • 長さん

    なおさん、コメントありがとうございます。
    こんなところに鯨がいたら、誰だってびっくりしますよね。昔は日本近海で鯨が獲れたので、その髭を使ったのでしょう。
    旧蠣殻町に銀座があったなんて、ここに来るまで知りませんでした。本当、勉強になりました、
    2012年01月21日 20:15
  • 信徳

    今日も捕鯨調査船を妨害するボートが出たとか・・・困った問題ですが世界中でキチンとしないからこんな問題が何時までも起こってしまうのでしょう。最近クジラが日本中に打ち上げられているニュースなども聞くと鯨は日本近海にもいるのでしょう。
    2012年01月21日 21:41
  • 長さん

    信徳さん、コメントありがとうございます。
    昔は鯨が多く、日本近海でも捕獲が盛んだったようです。その後乱獲がたたって、頭数が激減したとことは問題ですが、捕鯨国とそうでない国の食文化の違いや、資源保護をどのようにみるかなどの問題が絡んで複雑ですね。
    2012年01月21日 22:39
  • ケン坊

    植物もそうでしたが、地名もその由来を辿ると面白いですね。それぞれに思い入れもあり...
    鯨の頭の石像...なるほどですね。操り人形のバネに使われているとは想像もつかなかったです。
    2012年01月21日 23:02
  • 長さん

    ケン坊さん、コメントありがとうございます。
    地名や植物名の由来については、仰る通りですね。
    鯨の髭は細いけれどしっかりしていて、伸び縮みしないのでしょうね。
    2012年01月21日 23:16
  • 無門

    こんにちは

    江戸に銀座が移る前は
    銀座は駿府でしたよね
    京都から駿府そして江戸へ
    静岡では両替町に名残があります
    江戸の町の原型は
    当時の国際都市駿府がモデルとか・・・
    2012年01月22日 07:20
  • ゆいはな

    おはようございます。
    魚久さんの粕漬は、美味しいですよね~
    昔、ちょっとお高いけれど奢って
    帰省土産に買って帰りました。
    2012年01月22日 08:00
  • 長さん

    無門さん、コメントありがとうございます。
    駿府にも銀座があったんですね。それは初めて知りました。蠣殻銀座と言い、駿府銀座と言い、歴史の教科書には登場したという記憶がないんです。
    にわか仕込みでネットを検索したら、金座もあったんだそうですね。
    駿府の町をモデルとして江戸の町づくりをしたんですか。それも勉強してみます。
    2012年01月22日 08:41
  • 長さん

    ゆいはなさん、コメントありがとうございます。
    魚久の粕漬けを食されたことがあるんですね。有名なんですね。この本店はちょっと入りにくい雰囲気で、中をよく見ませんでした。
    2012年01月22日 08:44
  • 寿々木

    操り人形には鯨のヒゲが使われるのですか、なるほど。
    実物の捕鯨船が飾ってある所もあります。和歌山県大地町の鯨公園です。
    2012年01月22日 08:59
  • 目黒のおじいちゃん

    このたびは色々と勉強させていただきました。昨夜はテレビ番組でも処々詳しい解説がありましたね。
    以前は明治座へいくたびにこの界隈を散策しました。魚久は渋谷駅近くに支店がありますので助かりますが時間販売でのお買い得品をgetするといいですよ。
    2012年01月22日 09:58
  • 長さん

    寿々木さん、コメントありがとうございます。
    鯨と人形町、言われてみなければ分からない繋がりでした。大地町の捕鯨は有名ですね。
    2012年01月22日 10:29
  • 長さん

    目黒のおじいちゃん、コメントありがとうございます。
    昨日のTV、私も見ましたよ。これを先に見ているとレポート内容も変わったかもしれません。
    魚久の粕漬、妻も買ってきたことがあるそうですが、記憶がないのです。
    2012年01月22日 10:33
  • ekomountain

    あやつり人形と鯨のヒゲ、なるほどそうですか。初めて知りました。鯨は捨てるところは何もないと聞いていますが、納得です。↑でもコメントされていますが、和歌山県の大地町の鯨公園、鯨に関するものが、展示されています。見る物がたくさんあって面白いですよ。
    2012年01月22日 10:42
  • 長さん

    ekomountainさん、コメントありがとうございます。
    日本の古式捕鯨発祥の地といわれる大地町ですね。イルカ漁を批判的に描いた米映画「ザ・コーヴ」では、ここでの盗み撮りが問題になりましたね。
    2012年01月22日 11:52
  • shizuo

    へぇ~、
    あの…、♪エッサオー源冶だな~。
    うぶけや、源冶、鯨の頭、甘酒横丁…。
    こうして調べ、見て、歩き、そして食べ。
    ほうじ茶で十勝おはぎ、美味しそ~^^。

    楽しいですね、長さん。
    次は明治座前に。
    なんだか一緒にぶらり散策気分に。
    2012年01月22日 15:24
  • shuuter

    クジラと人形町は意外なところで結びついていたのですね。
    町おこしの 典型的な例を見るようですね。

    お江戸 銀座となれば色々ゆかりのところも多いのですね。
    2012年01月22日 17:59
  • nobara

    長さんのレポートで見れば見るほど
    楽しいところですね~~~
    なんだか気持ちではタイムスリップします。
    いろんな歴史上の人物も出てきて・・・
    これが大都会の一角というのが面白い。
    私はnhkのぶらタモリが好きで~~
    そんな感じを受けました。
    東京も、実に面白いところですね~ヘ(^o^)/
    2012年01月22日 18:07
  • 長さん

    shizuoさん、コメントありがとうございます。
    こんなに面白いところがあるんなら、七福神めぐりだけではなく、あちこち寄り道してみるべきでした(と言っても後の祭りですが)。一人で見て歩くより、大勢の方がより楽しいに決まっていますからね。
    2012年01月22日 20:06
  • 長さん

    shuuterさん、コメントありがとうございます。
    この鯨の石像、誰が作ったんでしょうね。ビルのオーナーそれとも、町内会の総意?
    日本橋は江戸城にも近く、ゆかりの地も多いですし、大震災や東京大空襲でも焼け残った建物があったりして、とても興味があるところです。
    2012年01月22日 20:16
  • 長さん

    nobaraさん、コメントありがとうございます。
    探してみると、江戸時代にタイムスリップしたり、新しいランドマークや石像があったりして、いろいろ面白い場所がありますね。
    ぶらタモリ、時々見ています。先日、新吉原をぶらついていましたね。元の吉原があった場所を見ていましたから、これも面白かったですよ。その前は、確か両国国技館でしたね。
    2012年01月22日 20:26

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