労働組合OB・OG会主催の半日ツアーに参加しています。
一行は千葉県立青葉の森公園の西口を出て、県道20号線を西に向かいます。その途中で、モミジバフウ(紅葉楓、マンサク科)の
公園から歩くこと10数分で、千葉寺観音と書かれた看板が見えてきました。ここが次の目的地のようです。
千葉寺(せんようじ)の仁王門から境内に入ります。門には立派な彫刻が施されていました。
左下は、左右を固める阿吽の像です。右下に、千葉寺の説明文を貼っておきますが、平安時代から戦国時代まで、下総で勢力を振るった千葉氏の祈願寺になっています。

和銅2年(709年)と言えば、今から約1300年前。行基によって創建されたと伝えられる千葉寺は、千葉市内最古の古刹です。
仁王門を抜けると、巨大なイチョウ(銀杏、公孫樹、イチョウ科)に圧倒されます。千葉県の天然記念物に指定されています。
側に立てられた千葉県教育委員会の説明文(昭和55年)には、「和銅2年(709)、僧行基がもたらしたものと伝える。樹高30m、目通り8mもあり、神奈川県鎌倉市の『鶴岡八幡宮のイチョウ』よりも大きい。樹勢旺盛で地上3mから枝を張り、乳柱がたれているがこれを煎じて飲むと母乳がよく出るようになると伝えている」とあります。 (注:目通りとは、地面より1.2mの幹まわりのサイズのこと。)
説明にあった乳柱です。
本堂は鉄筋造りらしい。口や手を清めただけで誰もお参りしませんでした。
左下は、大公孫樹の東側にある、大師堂です。手前に4本の灯篭があったのですが、3本は3月11日の大震災で倒壊したようです。右下は、仁王門と同じ、文政11年(1828年)に建てられた鐘楼です。
千葉寺を後にした一行は更に西に向かいます。途中、鉢植えの木に小さな白い花が咲いていました。
ヤエザキハクチョウゲ(八重咲き白丁花、アカネ科ハクチョウゲ属)だそうです(「このきなんのき・掲示板」のお世話になりました)。一重のハクチョウゲと比べると、かなりイメージが違います。
さて、次の目的地はどこでしょうか。 (続く)
この記事へのコメント
寿々木
長さん
クチナシの花をどんどん縮小して行ったら、八重咲き白丁花にそっくりになるでしょうね。
ケン坊
千葉寺のイチョウは、あの有名な鶴岡八幡宮のイチョウよりも大きい? 凄いですね。
イチョウの乳柱は何度か見てますが、モノに寄っては艶かしいものもありますよ>笑<
無門
イチョウの乳柱見事ですね
富士山の村山浅間神社でも
見事な乳柱がありましたが
ガジュマルの気根のように
温暖地方では珍しい感じがしますね
長さん
モミジバフウの実と簡単に書いちゃいましたが、その後調べると、これは雌花序で、小さな突起は雌花だと分かりました。不完全花と言われるそうで、これ以上開かないとこのことです。プラタナスもそうですが、緑の突起状のものはやがて枯れ落ち、中からイガイガの実が現れるようです。
この大公孫樹、迫力満点。鶴岡八幡宮のイチョウ(と言っても倒れてしまいましたが)を凌ぐというのは分かりますね。
乳柱、艶めかしいものがあるから、こんな名前が付いたんでしょうね。
長さん
こんなに大きな乳柱のあるイチョウなんて初めて見ましたよ。気根?と思ったくらいです。
後で分かったことですが、これも気根の一種なんだそうです。「イチョウの古木に見られる乳柱は細胞が軟らかく、デンプンを多量に含んでいて、局部的な栄養過剰に起因するといわれている」と書かれたブログもありました。
なおさん
ハリセンボンのようなモミジバフウの実も面白いですし、八重のハクチョウゲというのも面白いですね。
長さん
1300年以上も生き続けるイチョウがあるとは驚きです。日本一を誇る青森県北金ヶ沢のイチョウ(樹高40m、幹周り22m)には負けるかもしれませんが、あちらの樹齢は約1000年だそうですから、これも大したものですね。黄葉の頃は壮観でしょうね。
モミジバフウの見だと思ったのですが、実は雌の花序でまだ不完全な花が付いているようです。
八重の白丁花というのは意外でした。
SHIGE
プラタナスの実はまだ見たことないです。
千葉寺の巨大なイチョウ、幹が凄いですね。
圧倒されます。
hanasaku
長さん
モミジバフウとプラタナス、始め、実の比較だったんですが、その後モミジバフウの方は雌花序だと判明。プラタナスの実との比較は必ずしも相応しくありませんでした。申し訳ありません。モミジバフウの雌花序はこの後、枯れてトゲトゲが目立つ実になりますが、その頃にはプラタナスの実と同じような様子になります。
千葉寺の大イチョウはスゴイの一言です。
長さん
このイチョウ、鶴岡八幡宮のイチョウを上回ると言うからすごいですね。
調べたら、八重咲きのハクチョウゲは流通していうようですから、いつか出会えるといいですね。
小梨
長さん
八重咲きのハクチョウゲがあるなんて思ってもいなかったので、見当違いを探してしまいました。
あいべん
のが大好きです。
昔の宮大工の技術の素晴らしさ、宮大工と言うよりも
彫刻家でもある職人芸。日本建築の誇れる技法ですね。
長さん
仁王門の彫刻、江戸時代の名工が刻んだものなのでしょうね。この彫刻のことについて調べたのですが、ネット情報は皆無。明治維新後には神仏分離令で寺領のほとんどが没収され、無人の寺になって荒廃、彫刻の名工や由来なども失われたのでしょうね。